「主よ、なぜ遠くに立ち、困難の時に身を隠されるのですか」。詩篇10篇は、神が見えなくなった日の祈りです。悪しき者が栄え、弱い者が踏みにじられ、それでも神が黙っているように見える ―― その問いから始まり、最後に「主は聞いてくださった」に着きます。9篇とひと続きの、後半の詩です。
いつ詠まれるか
固定した典礼の枠はありません。この詩は、神の沈黙に苦しむ者の祈りです。青木先生は、9篇と10篇がもともとひと続きで、七十人訳では一つの詩になっている、と記します(37頁)。9篇が外敵に向かうのに対し、10篇は国内の敵 ―― 同じ社会のなかで弱い者を食いものにする者に向かいます。9篇が感謝に溢れていたのに対し、10篇は懇願に充ちている。第一巻(1〜41篇)で無名の作は、この10篇と33篇の二つだけです(37頁)。
なおこの10篇には表題がなく、以下は口語訳と同じ番号です。
注解を通して読む
第1節「なぜ、遠くに立たれるのか」
「匿れ給ふや」という原語は、耳をふさぎ、目を閉じる意味を含む、と青木先生は言います(38頁)。患難に陥った時、近くにいるはずの神が、遠くに立ち去ったように感じる。苦しみが短ければ信仰も短くてすむが、長く続くとき、この問いが出てきます。詩篇は、その問いを消さずに、そのまま祈りにしています。
第3〜6節「世の成功者の絵姿」
青木先生は、第5節・第6節を「世の成功者の絵姿である」と言い切ります(38頁)。悪しき者は自分の欲望を誇り、貪欲を礼讃してヤーウェを侮る。「あなたの審判は彼らの視界よりも上にある」―― 神の裁きは高すぎて、彼らには見えない。今日でも、貪欲を礼讃することで世に成功する割合は多い、と先生は書きます。ロックフェラーのような者が競争相手を圧しつぶした時代の姿を、先生はそこに重ねました。第4節「鼻を反り返らせて」を、先生は「鼻を高くする」という日本語で受け、「一切の罪悪の根源はこれである」と書きます(38頁)。「神はいない」と心の中で言う、その高慢が、すべての悪の根だ、と。
第12〜18節「主は聞いてくださった」
第12節「起き給へ、神よ、御手を挙げ給へ」は、ルカ18章の、あきらめずに訴え続けた寡婦の祈りと同じだ、と青木先生は言います(38頁)。そして第14節、神は「見給へり」―― 害と悲しみを、御手に取り上げるために眺めておられる。「不幸なる者は汝に委ぬ」の原語は「自分を神の手の中に投げ棄てる」意で、あなたこそ父なき者の助け人だ、と続きます(38頁)。悪しき者は「神は忘れた、永久に見ないだろう」と言った。けれど詩の結び(第17〜18節)は、それに正面から答えます ―― 神は遂に聞かれ、悪しき者を処理し、父なき者と砕かれた者とを正しく裁いてくださる、と(39頁)。
今日の私たちへ ―― 祈りとして
なぜ、遠くに立たれるのか。この詩は、その問いを封じません。神が見えない日、悪しき者が栄える日、弱い者が食いものにされる日 ―― その現実を、目を背けずに神の前に並べます。けれど詩は、そこで終わりません。「神は忘れた」と嘯く声に、「主は聞いてくださった」と答えて閉じる。神の沈黙に苦しむ日にこの詩を声に出すとき、それは不信の記録ではなく、遠く見える神に向かって「なぜですか」と問い、なお「あなたは父なき者の助け人です」と告げる、その祈りになります。
今日のことば
詩篇 10:1
לָמָה יְהֹוָה תַּעֲמֹד בְּרָחוֹק תַּעְלִים לְעִתּוֹת בַּצָּרָה
ラマー アドナイ タアモード ベラホーク、タアリーム レイットート バツァラー
主よ、なぜ遠くに立たれるのですか。なぜ困難の時に、身を隠されるのですか。
詩篇 10:16
יְהֹוָה מֶלֶךְ עוֹלָם וָעֶד אָבְדוּ גוֹיִם מֵאַרְצוֹ
アドナイ メレフ オーラム ヴァエド、アヴドゥー ゴイィム メアルツォー
主は、世々かぎりなく王であられる。異邦の民は、その地から滅び失せた。
詩篇 10:17
תַּאֲוַת עֲנָוִים שָׁמַעְתָּ יְהֹוָה תָּכִין לִבָּם תַּקְשִׁיב אׇזְנֶךָ
タアヴァト アナヴィーム シャマータ アドナイ、タヒーン リッバーム タクシーヴ オズネハー
主よ、あなたは苦しむ者の願いを聞かれました。あなたは彼らの心を強くし、耳を傾けてくださいます。
本シリーズ「詩篇を詠む」は、詩篇を一篇ずつ、三つの声を重ねて読み解きます。ユダヤ教の伝統的な注解(ラシー『詩篇注解』、ミドラッシュ・テヒリーム=ショヘル・トヴ、タルムード各所)、日本の聖書学者・青木澄十郎『詩篇の研究 ―― 詩篇の直訳と略解』(基督教文書伝道会、1959年)、そして「いつ、どのように詠まれてきたか」という祈り・典礼の視点です。本文中のページ番号は同書によります。ヘブライ語のカタカナ音写は朗読の目安です。



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