詩篇でいちばん長いこの詩を、青木先生は「円熟した晩年のもの」と見ます。ラシーも表題を、年老いてすべての苦難が過ぎ去った日のことだと註しました。「わが巌」と呼ぶとき、二人は同じ一つの絶壁を思い浮かべています。
いつ詠まれるか
この詩には、サムエル記下22章というほとんど同じ形の双子があります。そちらは過越の第七日の預言書朗読にあてられ、海が分かれた日の朝に会堂で読み上げられてきました。
最後の第50節も、日々の食卓に生きています。食後の祈りの結びは、この一句 ―― 「主はその王に大いなる救を与え、その油そそがれた者に、ダビデとその子孫とに、とこしえに慈しみを施される」。平日は詩篇の形で「マグディール」と歌い、安息日と祭日はサムエル記下の形で「ミグドール」と歌い分ける習慣があります。同じ一行の二つの写しが、一週間のリズムそのものになりました。
青木先生は、この結びの段(46〜50節)について、メソヂストの開祖ウェスレーの愛唱する所であったと云うのも面白い、と書き添えています(55頁)。月三十日の詩篇通読では第3日(18〜22篇)の初めです。
背景と作者
青木先生の書き出しは強い断定です ―― 極端な人を除いては、高等批評家でも本篇がダビデの作であることを疑う人は尠い。それ程にダビデらしい気分のする詩である、と(54頁)。サムエル記下22章と比べると七十ばかり用語の違いがあるが、全く同一である。此詩はダビデの作の最長篇であり、円熟した晩年のものである、と。
ラシーは表題の「主が彼を救い出された日に」に、こう註します ―― 彼が年老い、すでにすべての苦難が彼の上を過ぎ去り、そこから救い出されたときのことだ。そして「サウルの手から」の一句にも目を留めます。サウルは「すべての敵」の中に含まれていたではないか。あえて名を挙げたのは、彼が誰よりも厳しく、誰よりも執拗に追ったからだ、と。
青木先生は文体と思想から、ラシーは表題の一句から、同じ結論に着きました。これは晩年の総括である、と。
ヘブライ語聖書は表題を第1節に数えます。以下、節番号は口語訳と同じです。
注解を通して読む
第1節 上から下へ向ける語
「われ汝を恋慕ふ、ヤーウェよ、我の力よ」。青木先生は現訳の「切に愛しむ」を「恋慕ふ」と改め、その理由を説明します。原語は「慈愛する」で、親が子を愛するとか、主人が僕婢を愛するときなど、上から下の者を愛する語である。然るにダビデは大胆に此語を神に向って発した ―― 切々の情、禁ずる能はずして斯る非常な用い方をしたのであろう、と(56頁)。
ラシーもこの一語で立ち止まります。エルハムハーとは「私はあなたを愛する」、タルグムがレビ記19章18節「あなたの隣人を愛せよ」を訳すときに使う、あの語だ、と。神への愛を語るのに普段は選ばれない言葉が置かれている ―― 二人はそこを同じように怪しみました。
第2節 あの絶壁
「ヤーウェは我が巌、我が要塞、我が救脱者、我が神」。青木先生は、この節に並ぶ形容語を単なる雄弁と見てはいけない、と釘を刺します。ダビデは決して麗句を並べるつもりではない。一語一語に、過去の恐ろしかった記憶と救われた体験とがこもっているのである、と(56頁)。そして具体的に指さします ―― 「巌」はサムエル前書23章25節以下、マオンの野で危くサウル王に捕えられるところであったが、「巌」すなわち絶壁のために助かった。其処に書いてある字と、此処にある字は同じである、と。
ラシーの註は、こうです。「わが岩」 ―― あなたが分裂の岩で私を助けてくださったからだ。私がサウルとその兵の間に挟まれ、捕えられかけていたときのことだ、と。挙げている聖句はサムエル前書23章26節と28節、つまり青木先生が指した同じ場面の、同じ絶壁です。
九百年前の北フランスと1959年の日本で、二人がまったく別に註を書き、同じ岩の名にたどり着きました。この詩の形容語は比喩ではなく、地名なのです。
第3節 救われる前から
「われ讃美さる可きヤーウェを呼びて/わが仇より救はれん」。青木先生は書きます ―― 第3節に「讃美す可きヤーウェ」の語がある。ダビデらしい。危難の中にも琴を奏でて神を讃美している姿が眼に浮ぶ。此の朗かな心こそダビデの成功のもとであった、と(56頁)。
ラシーの註も同じ順序を指しています ―― 讃美をもって私は彼を呼び、絶えず御前に祈る。すなわち、救いの前から私は彼を讃美するのだ。敵から救われると確信しているからである、と。讃美が救いの結果ではなく前提になっている、という読みが重なりました。
第7〜15節 シナイと紅海
地震、雷霆、電光、暴風、大水。青木先生はこの段を、7〜9節はシナイ山における神の出現、10〜13節は暴風雨の形容、13・14節の雹と火は出埃及記9章24節やヨシュア記10章11節の史実に寄せたもの、と整理します(56〜57頁)。
そして第15節に、忘れがたい一語を見つけました。「我を洪水より曳き上げ」の「曳き上げ」は元来のヘブル語ではなくエヂプト語で、聖書中に此処と出埃及記2章10節との二回しかない。しかも原語の発音はモーセである、と。ルッターはここに「我をモーセと為し」と註した、とも書き添えています(57頁)。
ラシーは、この段落全体をエジプト脱出として読みます。地が震えたのは、神が怒って民の復讐をファラオとその民に果たそうと来られたとき。「水の底が現れ」たのは海が裂けたとき。そして「われを大水より引き上げ」の語は、出埃及記2章10節「水から引き上げた」と同じ語だ、と。
青木先生は語の響きから、ラシーは物語の筋から、同じ一節にたどり着きました。ダビデが自分の救出を語るために選んだ動詞は、モーセが川から拾い上げられた日の動詞だったのです。
第25〜28節 量りは同じ
「汝は親切なる者には親切なる者として示現し/完全なる人には完全者として示現し」。青木先生は、25・26節が原則を歌ったもので、人が神に対するのと同じ態度で人に報い給うことを巧妙に描いている、と読みます。訳語には迷いを見せました ―― 原語ハシードは広く、神に対するときは敬虔、人間相互では親切がよい。「敬虔」ではこの字に含まれた情味が足りないので「親切」と訳した、と(57頁)。
ラシーの註は一言です ―― 神の道は、量りには量りをもって報いることだからである。
第28節「汝こそ我が燈火をあかるくす」を、青木先生は、燈火とはダビデ自身の生命と一家の繁栄である、と読みました。ラシーはこれを、ツィケラグを襲ったアマレクの一隊と夜通し戦ったあの夜(サムエル前書30章17節)のことだ、と註します。比喩として読むか、実際に暗かった一夜として読むか。ここでは二人は分かれました。
今日の私たちへ ―― 祈りとして
長い詩です。五十節のあいだに、岩、要塞、角、櫓、洪水、雷、鹿の足、銅の弓 ―― と、次から次に言葉が積み上がります。
けれども青木先生は、これは麗句ではないと言い切りました。一語ずつに、過去の恐ろしかった記憶と救われた体験とがこもっている、と。ラシーが「わが岩」に分裂の岩の名を当てたのも、同じ読み方です。この詩は形容詞の羅列ではなく、覚え書きなのです。
老いた王は、助かった場所を一つずつ数え直しました。私たちの手もとにも、そういう場所の名前がいくつかあるはずです。まだ言葉になっていないだけで。
今日のことば
詩篇 18:3(口語18:2)
יְהֹוָה סַלְעִי וּמְצוּדָתִי וּמְפַלְטִי אֵלִי צוּרִי אֶחֱסֶה־בּוֹ מָגִנִּי וְקֶרֶן־יִשְׁעִי מִשְׂגַּבִּי
アドナイ サルイー ウメツダティー ウメファルティー、エリー ツリー エヘセー ボー、マギンニー ヴェケーレン イシュイー ミスガッビー
主はわが岩、わが要塞、わが救い主。わが神、わが巌、私はそこに逃れる。わが盾、わが救いの角、わが高き櫓。
詩篇 18:26(口語18:25)
עִם־חָסִיד תִּתְחַסָּד עִם־גְּבַר תָּמִים תִּתַּמָּם
イム ハシード ティトハッサード、イム ゲヴァル タミーム ティッタンマーム
親切な者には、あなたは親切な方として現れ、全き人には、全き方として現れます。
詩篇 18:29(口語18:28)
כִּי־אַתָּה תָּאִיר נֵרִי יְהֹוָה אֱלֹהַי יַגִּיהַּ חׇשְׁכִּי
キー アッター ターイール ネリー、アドナイ エロハーイ ヤッギーア ホシュキー
あなたこそ、私のともし火をともしてくださる。主、わが神は、私の暗やみを照らしてくださる。
本シリーズ「詩篇を詠む」は、詩篇を一篇ずつ、三つの声を重ねて読み解きます。ユダヤ教の伝統的な注解(ラシー『詩篇注解』、ミドラッシュ・テヒリーム=ショヘル・トヴ、タルムード各所)、日本の聖書学者・青木澄十郎『詩篇の研究 ―― 詩篇の直訳と略解』(基督教文書伝道会、1959年)、そして「いつ、どのように詠まれてきたか」という祈り・典礼の視点です。本文中のページ番号は同書によります。ヘブライ語のカタカナ音写は朗読の目安です。



コメント