詩篇5篇 朝ごとに、あなたの家へ ―― 会堂の戸口で唱えられる詩

詩篇 by 929

「私は、あなたの豊かな慈しみによって、あなたの家に入ります」。この一句を、ユダヤ教徒は今も毎朝、会堂の戸口で唱えます。詩篇5篇は朝の詩。3篇・4篇に続いて、一日のいちばん初めに置かれる祈りです。

いつ詠まれるか

朝に唱えられる詩です。3節に「朝ごとに、あなたに整えて待ち望みます」とあり、朝という語が二度繰り返されます。青木先生は、ダビデが祭司のように毎朝、神の宮で祈った姿をここに読みます(18頁)。

そしてこの篇の7節「私は、あなたの豊かな慈しみによって、あなたの家に入り、あなたの聖なる宮に向かって伏し拝みます」は、今日のユダヤ教の朝の礼拝にそのまま生きています。会堂に入るとき最初に唱える「マー・トヴ」という祈りは、民数記24章といくつかの詩篇のことばを継ぎ合わせたもので、その締めくくりがこの5篇7節なのです。戸口で立ち止まり、「あなたの慈しみによって、入らせていただきます」と告げてから中へ進む。詩篇5篇は、朝ごとに人の口にのぼり続けています。

背景と作者

表題は「伶長に、ネヒロートに合わせて。ダビデの歌」。この「ネヒロート」が何を指すのかは、古来はっきりしません。青木先生は笛の類の楽器だろうと見つつ、七十人訳が「嗣業(相続地)」と訳したことにも触れ、それを断定はしません(17〜18頁)。

ラシーはこの語に三つの読みを並べます。まず楽器の名という説。次に、ミドラッシュの「嗣業」という読み ―― これは語義にも詩の内容にも合わない、と退けます。そして自分の見立てとして「敵の軍勢」と読む。ネヒロートを「蜂の群れ」や「よこしまな者の群れ」と同じ語根に見て、イスラエルに攻めのぼる敵の軍勢についての祈りだ、というのです。青木先生も、この詩をアブサロムの反乱の頃に置き、8節の「私を窺う者」を参謀アヒトフェルら敵と見ています(18頁)。楽器か、敵の群れか ―― 二人とも「嗣業」の読みだけは、静かに脇へ置いています。

なおヘブライ語聖書は表題を1節と数えます。以下は口語訳と同じ番号を用います。

注解を通して読む

第3節「朝ごとに、整えて待つ」

「整えて」(アーラフ)という語を、青木先生は祭壇の用意と読みます。祭司が壇の上に牛や羊を、薪を陳べるように陳べる(レビ記1章7〜8節)。カルメル山でエリヤが燔祭を整え、天から火が下るのを待った ―― あの心地で、ダビデは朝ごとに神の応答を待ったのだ、と(18頁)。

ラシーも同じ語根に注目します。「アーラフは配列(マアラハー)の意である」。祭壇に薪を並べるあの「配列」と、ことばが重なるのです。ただしラシーは「朝」に別の意味も見ます ―― 朝は悪しき者への審きの時だ、と。青木先生が祭壇の朝を、ラシーが審きの朝を見た。同じ「整える」という一語から、二人は少し違う朝へ歩き出します。

第7節「あなたの豊かな慈しみによって」

この篇でいちばん深い一語が、ここにあります。青木先生は現訳「豊かなる恩寵」を「豊かなる仁慈」と改め、こう書きます ―― 原語ヘセッドは、新約の「カリス(恩寵)」に相当する。旧約と新約を繋ぐ大切なことばだ、と。そして、律法では救われない者も神の恩寵で救われる。その体験がダビデにはあった、と続けます(19頁)。ダビデがエルサレムへ帰りたい最大の理由は、自分の宮殿よりも神の宮だった。信仰が暴力に勝つ、よい見本だ、とも(19頁)。

ラシーの注は短く、しかし同じ方を向いています ―― 「あなたの家に入る。あなたの大いなる慈しみを感謝するために」。そして先に見たとおり、この一行はユダヤ教徒が朝ごとに会堂の戸口で唱える句そのものです。青木先生の「仁慈」、ラシーの「感謝」、そして今も続く朝の祈り ―― 三つの声が、ヘセドという一語の前で一つになります。

第8〜10節「私を窺う者」

「私を窺う者」(ショーレライ)を、ラシーは「私が神を裏切るのを待ち構える敵」と読みます。青木先生はアヒトフェルら反乱の参謀と見ます。彼らの咽喉は「開いた墓」、その舌は滑らかで、巧言令色で人を呑み込む。二人の読みは、ここでもぴたりと重なります。

第11〜12節「あなたに避け所とする者は喜ぶ」

結びの「あなたに避け所とする者」(ホセイ・ヴァフ)は、2篇の最後「幸いなるかな、主に身を避ける者はみな」と同じことばです。門は、また避け所へ還ってきます。そして最後の「盾のように」。青木先生は、これは全身を覆う「大楯」で、アブサロムの大軍が包囲してもダビデは絶対に安全だ、と読みます(20頁)。ラシーも同じ語に足を止め、この盾は人を三方から囲む、と説明します。囲まれているのは敵にではなく、慈しみに、です。

今日の私たちへ ―― 祈りとして

朝ごとに、整えて待つ。祭壇に薪を並べて火を待つように、一日のいちばん初めに、神の応答を待つ場所を用意する。それが詩篇5篇の朝です。そして戸口では、手ぶらで立ち止まります。功績によってではなく、「あなたの豊かな慈しみによって、入らせていただきます」と。律法で足りない者を、恩寵が入れてくれる ―― 青木先生がヘセドに見たのは、そのことでした。三千年のあいだ、朝ごとに会堂の戸口で繰り返されてきたこの一句を、私たちも声に出すとき、それは教訓ではなく、扉の前の祈りになります。


今日のことば

詩篇 5:4(口語5:3)

יְהֹוָה בֹּקֶר תִּשְׁמַע קוֹלִי בֹּקֶר אֶעֱרׇךְ־לְךָ וַאֲצַפֶּה

アドナイ ボーケル ティシュマ コーリー、ボーケル エエラフ・レハー ヴァアツァッペ

主よ、朝ごとに、あなたは私の声を聞いてくださる。朝ごとに、私はあなたに整えて、待ち望みます。

詩篇 5:8(口語5:7)

וַאֲנִי בְּרֹב חַסְדְּךָ אָבוֹא בֵיתֶךָ אֶשְׁתַּחֲוֶה אֶל־הֵיכַל־קׇדְשְׁךָ בְּיִרְאָתֶךָ

ヴァアニー ベロヴ ハスデハー アヴォー ヴェイテハー、エシュタハヴェ エル・ヘイハル・コドシェハー ベイルアーテハー

しかし私は、あなたの豊かな慈しみによって、あなたの家に入り、あなたの聖なる宮に向かって、畏れをもって伏し拝みます。

詩篇 5:12(口語5:11)

וְיִשְׂמְחוּ כׇל־חוֹסֵי בָךְ לְעוֹלָם יְרַנֵּנוּ וְתָסֵךְ עָלֵימוֹ וְיַעְלְצוּ בְךָ אֹהֲבֵי שְׁמֶךָ

ヴェイィスメフー ホル・ホセイ ヴァーフ、レオーラム イェランネーヌー、ヴェタセーフ アレイモー、ヴェヤァレツー ヴェハー オハヴェイ シェメハー

あなたに避け所とする者は、みな喜び、とこしえに喜び歌います。あなたが彼らを覆ってくださるので、あなたの名を愛する者は、あなたにあって喜び躍ります。


本シリーズ「詩篇を詠む」は、詩篇を一篇ずつ、三つの声を重ねて読み解きます。ユダヤ教の伝統的な注解(ラシー『詩篇注解』、ミドラッシュ・テヒリーム=ショヘル・トヴ、タルムード各所)、日本の聖書学者・青木澄十郎『詩篇の研究 ―― 詩篇の直訳と略解』(基督教文書伝道会、1959年)、そして「いつ、どのように詠まれてきたか」という祈り・典礼の視点です。本文中のページ番号は同書によります。ヘブライ語のカタカナ音写は朗読の目安です。

▶ 詩篇ライブラリー(全150篇の目次)

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