詩篇9篇 心を尽くして ―― いろは歌で書かれた勝利の感謝

詩篇 by 929

「心を尽くして、主に感謝します」。詩篇9篇は、外敵に勝った日の感謝の歌です。ヘブライ語のアルファベット順に句を起こしていく「いろは歌」の形をとり、次の10篇とひと続きで一つの詩をなしています。半分にしなかった心が、この詩には出ています。

いつ詠まれるか

固定した典礼の枠はありませんが、この詩は勝利の感謝の歌です。青木先生は、ペリシテ人やスリア・アンモン人といった外敵を破ったときの祝歌だろう、と見ます(34頁)。「異邦民(もろもろの民)」という語が繰り返され、国を挙げての感謝がここにあります。

そしてこの9篇は、ヘブライ語のアルファベットを順に頭にすえて句を起こす「いろは歌」(アルファベット詩)です。青木先生は、これを「不完全ないろは歌」と呼び、119篇を引き合いに出します(34頁)。続く10篇がその後半にあたり、七十人訳では9篇と10篇が一つの詩になっている、とも記しています(37頁)。9篇は外敵に、10篇は国内の敵に向かい、9篇は感謝に溢れ、10篇は懇願に充ちている ―― 二つで一つの、長い祈りです。

なおヘブライ語聖書は表題を1節と数えます。以下は口語訳と同じ番号を用います。

注解を通して読む

第1節「心を尽くして、そのすべてのわざを」

青木先生は、冒頭の「心を尽くして」と「そのすべての驚異を」の二語に、ダビデの人柄を見ます(34頁)。彼は徹底した信仰を持ち、中途半端な信仰を嫌った。世渡り上手な人は宗教を心の奥まで入れないものだが、ダビデは正反対で、全心全霊をもって神を拝んだ。妻ミカルが、主の前で力のかぎり踊るダビデを見て「ダビデ王を卑しく思った」(サムエル記下6章16節)―― あの、王の威厳など忘れて踊る姿こそダビデだ、と先生は書きます。「心を尽くして」は、その全身の言葉です。

第7〜8節「義をもって世を審く」

「されどヤーウェは永遠に坐し給ふ、審判のために其の王座を定め給へり」。青木先生は、ここでダビデが歌うヤーウェは、決して一国だけの神ではなく、義(正しさ)と直(まっすぐさ)によって全世界を治める倫理的な神だ、と読みます(34頁)。世のどこに人が住んでいても、神は諸民を裁く。三千年前のダビデの口からこの大きな思想が出たのは不思議で、神の啓示を受けずしては到底思い及ばない、と先生は書きます(35頁)。

第12〜16節「シオンの門で、公けに」

第12節「流血の問責者(血の復讐者)」を、青木先生はローマ書12章19節「復讐するは我にあり、我これを報いん」に結びつけます(35頁)。ダビデは自分の私怨で敵と戦ったのではなく、国のために公然と戦った。そして第14節、彼は「死の門」から引き上げられた者として、「シオンの娘の門」で神の頌美(ほまれ)を公けに宣べたいと願います。古代の「門」は市場であり公会堂であり、裁判も行われる場でした。ダビデは、暗い「死の門」から明るい「シオンの門」へ出て、人々の真ん中で神を賛美しようとしている ―― その対比が美しい、と先生は書きます(35頁)。第15〜16節では、異邦民が自分の掘った穴に沈み、隠した網に自分の足を捕られる。悪の自滅を、7篇と同じ手つきで描いています。

今日の私たちへ ―― 祈りとして

心を尽くして、そのすべてのわざを数える。ダビデの感謝は、半分ではありませんでした。王の威厳を忘れて踊るほど、全身で神を拝む。しかもその賛美は、暗い部屋の独り言ではなく、「シオンの門」―― 人の集まる公けの場所で告げ知らせるものでした。勝利を私することなく、諸民の真ん中で神の義を語る。この詩を声に出すとき、それは自分の手柄の記録ではなく、心を尽くして、すべてのわざを数え、貧しい者の望みも永遠には消えないと信じる、その感謝になります。


今日のことば

詩篇 9:2(口語9:1)

אוֹדֶה יְהֹוָה בְּכׇל־לִבִּי אֲסַפְּרָה כׇּל־נִפְלְאוֹתֶיךָ

オーデ アドナイ ベホル・リッビー、アサペラー コル・ニフレオーテハー

心を尽くして、主に感謝します。あなたのすべての驚くべきわざを、語り告げます。

詩篇 9:11(口語9:10)

וְיִבְטְחוּ בְךָ יוֹדְעֵי שְׁמֶךָ כִּי לֹא־עָזַבְתָּ דֹרְשֶׁיךָ יְהֹוָה

ヴェイィヴテフー ヴェハー ヨーデエイ シェメハー、キー ロー・アザヴター ドールシェハー アドナイ

あなたの名を知る者は、あなたに信頼します。主よ、あなたを尋ね求める者を、あなたは棄てられたことがないからです。

詩篇 9:19(口語9:18)

כִּי לֹא לָנֶצַח יִשָּׁכַח אֶבְיוֹן תִּקְוַת עֲנִיִּים תֹּאבַד לָעַד

キー ロー ラネーツァハ イィシャハ エヴヨーン、ティクヴァト アニイィーム トーヴァド ラアド

貧しい者は、永遠に忘れられることはなく、苦しむ者の望みは、いつまでも失われることはありません。


本シリーズ「詩篇を詠む」は、詩篇を一篇ずつ、三つの声を重ねて読み解きます。ユダヤ教の伝統的な注解(ラシー『詩篇注解』、ミドラッシュ・テヒリーム=ショヘル・トヴ、タルムード各所)、日本の聖書学者・青木澄十郎『詩篇の研究 ―― 詩篇の直訳と略解』(基督教文書伝道会、1959年)、そして「いつ、どのように詠まれてきたか」という祈り・典礼の視点です。本文中のページ番号は同書によります。ヘブライ語のカタカナ音写は朗読の目安です。

▶ 詩篇ライブラリー(全150篇の目次)

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