書簡篇

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パウロの手紙は、なぜ読みにくいのか

パウロが難しいのは、あなたのせいではない。手紙が「おおむね長い順」に並び、いちばん重いローマ書が先頭に来ているだけ。並び順のからくりと、どこから読むといいかを解きほぐす、シリーズの入口。
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テサロニケの信徒への手紙 二 ── 働こうとしない者は、食べるな(読解ノート02)

「働こうとしない者は、食べるな」。世の終わりが近いからと仕事をやめた人々へ、パウロは地に足をつけよと命じる。夜昼働いた彼だからこそ言えた、日常を手放さない信仰。
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テサロニケの信徒への手紙 二 ── 主の日は、まだ来ていない(読解ノート01)

「主の日が既に来た、と言う者があっても、あわててはいけない」。終わりの日への不安に揺れる教会へ、パウロは落ち着けと書く。終末の希望は、人を焦らせるためではなく、立たせるためにある。
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ガラテヤの信徒への手紙 ── 生きているのは、もはや私ではない(読解ノート03)

「生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられる」。木下が「パウロの神学の中核」と呼ぶガラテヤ2:20。ここまで来て、尊敬できなかったパウロへの敬意が、ようやく本物になる。
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ガラテヤの信徒への手紙 ── 律法の行いによるのではなく(読解ノート02)

「人が義とされるのは、律法の行いによるのではない」。ガラテヤ2:16は、努力の報酬として神に認められようとする生き方を、根こそぎ問い直す。断定的に見えたパウロが、実は重荷を降ろさせる人だと分かる一句。
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ガラテヤの信徒への手紙 ── ほかの福音はない(読解ノート01)

「たとい天の御使であっても、のろわれよ」——ガラテヤ書の激しい出だし。独善に見えたこの怒りが、実は恵みを守ろうとする必死の愛だったと分かるとき、尊敬できなかったパウロが違って見えてくる。
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テサロニケの信徒への手紙 一 ── 常に喜べ、絶えず祈れ(読解ノート02)

「常に喜べ、絶えず祈れ、すべての事に感謝せよ」――これは順風の人の標語ではない。迫害に苦しむ若い教会へ、不安を抱えたパウロが書いた命令だった。その事情を知ると、この一句の重さが変わる。
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テサロニケの信徒への手紙 一 ── 夜昼はたらきながら(読解ノート01)

追い立てられるように去った町の、生まれたばかりの群れを思って書かれた最初の手紙。「だれにも負担をかけまいと、夜昼はたらきながら」伝えたパウロの素顔から、尊敬できなかった彼を読み直す。