【箇所】 テサロニケの信徒への手紙 一 2章7〜9節
【使徒行伝での背景】
パウロはピリピで投獄され、鞭打たれた直後、ルデヤの家でひと時休んだのち、エグナチヤ街道を通ってテサロニケに入った(使徒17:1)。マケドニヤ州随一の大都会であり、海港の町。ユダヤ教の会堂で三回の安息日にわたり「イエスこそキリストである」と説いた(使徒17:2〜3)。多くの信心深いギリシャ人や貴婦人たちが加わったが、反発したユダヤ教徒が街頭のならず者を集めて騒ぎを起こし、パウロをかくまったヤソンの家を襲撃。「この連中は天下をかき回してきた奴らです。イエスという別の王がいるなどと言っています」(使徒17:6〜7)と訴えた。パウロはわずか数週間で、夜のうちにベレヤへ送り出される(使徒17:9〜10)。
この手紙そのものは、その少しあと、コリント滞在中に書かれた。マケドニヤから戻ったテモテが「あなたがたの信仰と愛について良い知らせ」を伝え(Ⅰテサ3:6)、パウロはほっとして筆をとった(使徒18:5、Ⅰテサ3:2)。
【その時のパウロの様子・思い】
追い立てられるように去った町。生まれたばかりの小さな群れを置き去りにして、パウロは気が気でなかった。コリントに着いた時の彼自身の告白は「弱くかつ恐れ、ひどく不安であった」(Ⅰコリ2:3)。強気の伝道者ではない。心配で眠れない、後ろ髪を引かれる牧者の姿がここにある。テモテがもたらした「大丈夫です」の一報が、この手紙のあたたかさの源泉になっている。
【登場する協力者】
- シラス(シルワノ)──第二回伝道旅行の同行者。テサロニケでも共に働いた。
- テモテ──若き愛弟子。この群れの様子を確かめにパウロが送り出し、良い知らせを持ち帰った。
- ヤソン──パウロをその家に迎えたテサロニケの信徒。パウロと同じタルソ市民団の仲間だったとみられる。彼の家が襲撃され、身代わりに捕らえられた。
【本文】(口語訳)
むしろ、あなたがたの間で、わたしたちは、乳母がその子供を育てるように、やさしくふるまった。このように、あなたがたを慕わしく思うので、ただ神の福音ばかりでなく、自分のいのちまでも、喜んであなたがたに与えたいと願ったほどである。それは、あなたがたがわたしたちの愛する者となったからである。兄弟たちよ。あなたがたは、わたしたちの労苦と苦心とを記憶しているであろう。あなたがたのだれにも負担をかけまいと、夜昼はたらきながら、神の福音をあなたがたに宣べ伝えた。(Ⅰテサ2:7〜9)
【木下の視点】
木下順治は、テサロニケでのパウロの伝道を「ある程度自活しながらの伝道であった」と描く。パウロは天幕造りの職人として手を動かし、「『あなたがたの所(テサロニケ)にいた時には、わたしたちは怠惰な生活をしなかったし、人からパンをもらって食べることもしなかった。それどころか、あなたがたのだれにも負担をかけまいと、日夜、労苦し努力して働き続けた』(Ⅱテサ3:7〜8)」という言葉を引きながら、その「乏しい生活をしながら伝道に労苦した様子」に目を留める。同時に、遠くピリピの信徒たちが「一再ならず物を送ってわたしの欠乏を補ってくれた」(ピリ4:16)とも記す。孤高の思想家ではなく、仲間に支えられ、自分の手で稼ぎながら、負担をかけまいと踏ん張る一人の働き人——それが木下の描くこの時期のパウロである。
【私の問い】
私がパウロに抱いていた「上から断定する、押しの強い人」という像は、この箇所のどこに当てはまるだろうか。
【私の受け取り】
当てはまらない、と認めざるをえない。ここにいるのは、教義を振りかざす人ではなく、「あなたのだれにも負担をかけたくない」と言って、夜も昼も働いた人だ。乳母が子を育てるように、と自分で言う。自分のいのちまで与えたい、とまで言う。私が尊敬できなかったのは、たぶん書簡の「結論」だけを拾い読みして、この労苦の手ざわりを飛ばしていたからだ。パウロの言葉が硬く感じられたのは、彼が楽をして書いていたからではない。身銭を切り、身体を張った人の言葉だった。ここでようやく、少し敬意が芽生える。
【福音書との接点】
「わたしがあなたがたを愛したように」(ヨハネ13:34)と弟子の足を洗ったイエスと、「自分のいのちまでも与えたい」と夜昼働くパウロは、同じ方向を向いている。パウロは教理を発明したのではなく、イエスの自己譲与を、自分の手の労苦として生き直そうとしていた。
【パウロから、今日の私への手紙】
※以下は学術的な訳ではなく、私自身の受け取り直し(意訳)です。
今日の私へ。
私はあなたに、立派な言葉で重荷を負わせたいのではない。あなたに負担をかけたくなくて、私は手を動かして働いた。信仰とは、誰かの上に立って正しさを配ることではなく、乳母が子を抱くように、相手のために自分をすり減らすことだ。あなたが今、自分の信仰を「うまく語れない」と引け目に感じているなら——語りの巧みさより、夜昼の労苦のほうが、ずっと福音に近い。私もそうやってしか伝えられなかった。
【今日への一行】
「負担をかけまいと、夜昼はたらきながら」——尊敬は、結論ではなく労苦の手ざわりから生まれる。
底本:木下順治『パウロ——回心の伝道者』(筑摩書房、1986年)VI「テサロニケで」/VII コリントでの活動より。聖書引用は口語訳。



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