【箇所】 テサロニケの信徒への手紙 一 5章16〜18節
【使徒行伝での背景】
この手紙はパウロの現存する最も早い手紙で、コリント滞在中に書かれた(使徒18:1〜5)。宛先のテサロニケ教会は、生まれてまもなく激しい迫害にさらされていた。「あなたがたは、多くの患難の中で……御言を受けいれた」(Ⅰテサ1:6)、「あなたがたも同国人から苦しめられた」(Ⅰテサ2:14)。この5章16〜18節は、手紙の結び近く、群れへの一連の勧め(5:12〜22)のただ中に置かれている。**安穏な信徒への訓話ではなく、苦しみのただ中にある教会への言葉**である。
【その時のパウロの様子・思い】
書き手のパウロ自身、順風だったわけではない。コリントに着いた時の告白は「弱くかつ恐れ、ひどく不安であった」(Ⅰコリ2:3)。追われるようにテサロニケを去り、残した群れを案じ続けた人が、テモテの良い知らせにほっとしながら、この三つの命令を書いた。**喜びと祈りと感謝を、余裕からではなく、恐れの中から差し出している。**
【登場する協力者】
- シラス(シルワノ)──手紙の共同差出人(Ⅰテサ1:1)。木下順治は、本文はパウロが口述しシラスが筆記したものとみる。
- テモテ──共同差出人。迫害下の群れの様子を確かめに送られ、良い知らせを持ち帰った。
【本文】(口語訳)
いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。(Ⅰテサ5:16〜18)
※文語訳では「常に喜べ。絶えず祈れ。凡てのことを感謝せよ。これキリスト・イエスに由りて神の汝らに求め給ふ所なり」。
【木下の視点】
木下順治は、この5章16〜18節を一節ずつ論じてはいない。この本は伝記であって注解書ではないからだ。しかし木下は、テサロニケ書を**「迫害や患難」の中にある若い教会へ、コリントから口述で書き送られた手紙**として描き、その特徴を「終末(主の日)」への強い待望に見る。第一の手紙より第二の手紙のほうが、エルサレム教会に多い終末の考え方を色濃く映しているとも指摘する。つまり木下の枠組みで読めば、この三つの命令は宙に浮いたスローガンではなく、**「主が近い」という希望に支えられ、迫害の現実の中で語られた言葉**として立ち上がってくる。喜べるはずのない状況の人々に、なお喜べ・祈れ・感謝せよと言えたのは、彼らの視線の先に「来たるべき主」があったからだ。
【私の問い】
「常に喜べ」を、私はこれまで元気な人のお説教として聞き流していなかったか。誰が、どんな状況の人に向けて言った言葉だったか。
【私の受け取り】
聞き流していた、と認める。私はこの句を、悩みのない人が上から配る前向きな標語のように感じ、だから響かなかった。だが実際は逆だった。**迫害に苦しむ教会へ、恐れを抱えた伝道者が、身を削って書いた命令**だ。喜べない時に「喜べ」と言うのは、無神経なのではなく、喜びの根を状況の外に置け、という促しだった。パウロが尊敬できなかったのは、私が言葉の宛先と事情を飛ばして、結論だけを読んでいたからだ。宛先を知ると、同じ一句が、痛みを通った人の励ましに変わる。
【福音書との接点】
イエスもまた、迫害される弟子たちに「喜び、喜べ」と言った(マタイ5:12)。ゲツセマネで「絶えず祈れ」と促し、自ら血の汗を流して祈った。喜び・祈り・感謝は、苦しみを避けた人の余技ではなく、**苦しみのただ中を生きた者たちの姿勢**として、イエスからパウロへ受け継がれている。
【パウロから、今日の私への手紙】
※以下は学術的な訳ではなく、私自身の受け取り直し(意訳)です。
今日の私へ。
私はあなたに、悩みを消してから喜べと言っているのではない。私自身、恐れながらこれを書いた。喜びの根を、あなたの状況の中にではなく、近づいている主のほうに置きなさい。だから、喜べない日は祈りなさい。祈れない日は、ただ小さな一つに感謝しなさい。喜び・祈り・感謝は三つの別々の努力ではなく、同じ一つの向き直りだ。今うまくいっていないあなたにこそ、私はこの言葉を書いた。
【今日への一行】
「常に喜べ」は、順風の標語ではなく、迫害下の教会に宛てた励まし――宛先を知れば、重さが変わる。
底本:木下順治『パウロ——回心の伝道者』(筑摩書房、1986年)VI「テサロニケで」/VII コリントでの活動より。5章16〜18節の背景・終末理解に依拠。聖書引用は口語訳(一部文語訳)。


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