パウロを尊敬できない理由の一つに、私はこの過去を挙げていた。彼はもともと、教会を追い回した迫害者だった。だからこそ、きれいな聖人像から入らず、彼の一番暗い場面から始めたい。木下順治『パウロ——回心の伝道者』も、ここを丁寧に見つめている。
【場面】ステパノの殉教
最初のキリスト者の殉教者、ステパノ。彼はユダヤ人たちの前で、神殿と律法をめぐる彼らの過ちを鋭く突いた。人々は歯ぎしりして怒り、彼を町の外に引きずり出して石で打つ。その処刑の場に、若きサウロ(=パウロ)がいた。人々は上着を脱いで、その足もとに置いた——つまり彼が、処刑のまとめ役だった。
こうして、彼らがステパノに石を投げつけている間、ステパノは主を呼んで言った、「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」。そして、ひざまずいて、大声で叫んだ、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」。こう言って、彼は眠りについた。サウロは、彼を殺すことに賛成していた。(使徒7:59〜8:1)
この後、勢いづいたサウロは、教会への激しい迫害に突き進む。彼自身が後にこう告白している——「わたしは……神の教会を激しく迫害し、また、これを撲滅しようとしていた」(ガラ1:13)。「主の弟子たちに対する脅迫と殺害の息をはずませ」(使徒9:1)。まぎれもなく、暴力の人だった。
【木下の視点】
木下は、この激しさの裏側に、押し殺された一つの疑いを読み取る。ステパノは、殺されながら、殺す者たちの赦しを神に祈った。かつて十字架のイエスも同じように祈った。律法に忠実に生きようと全力を注いでいる自分たちを、なぜ彼らは「罪ある者」として赦しを祈るのか。もしかして、間違っているのはイエスやステパノではなく、逆に自分のほうではないか——木下は、そんな疑念が時おりサウロの心をかすめるようになっていたのではないか、と描く。「そんなことがあるものか」と彼は強く撥ねつける。だが、死に臨んでのあの冷静さ、歓喜、赦しの精神は、律法学者の仲間のどこにもないものだった。反論と肯定が、彼の中でくり返し格闘する。そして木下は示唆する——迫害を激しくすればするほど、それは外の敵を打つと同時に、自分の中に芽生えた疑いを黙らせる行為でもあったのではないか、と。
【私の受け取り】
この読み方で、迫害者サウロが急に人間になった。彼はただ冷酷だったのではない。自分の信じてきたものが揺らぐ恐怖から、その揺れを暴力でねじ伏せていた人だった。いちばん強く攻撃していた相手こそ、いちばん気になっていた相手だった。私にも覚えがある。認めたくない疑いほど、人は声を大きくして否定する。尊敬できないと思っていた彼の暴力の底に、格闘する一人の人間がいた——そう見えた時、はじめて彼を「わかる」と思えた。
【福音書との接点】
「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」(ルカ23:34)。十字架のイエスのこの祈りが、ステパノを通してサウロの胸に打ち込まれていた。赦しの言葉は、迫害者の中に、時限式の種のように残っていた。
【今日への一行】
いちばん激しく否定するものは、たいてい、いちばん気になっているもの。迫害の底に、揺れる一人がいた。
底本:木下順治『パウロ——回心の伝道者』(筑摩書房、1986年)III エルサレム遊学「イエスの徒への迫害」より。聖書引用は口語訳。


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