パウロの手紙を「机上の神学」と思っていたなら、この一節を読んでほしい。彼の伝道が、どれほど身体を張ったものだったかがわかる。
【木下が描く距離と危険】
木下順治は、パウロが自分の足で歩いた道のりを「日本列島を北の端から南の端まで、何回も歩いた距離」にたとえる。しかも彼は行く先々で、敵視するユダヤ教徒の執拗な妨害を受けた。幾度も暴行を受け、たびたびむち刑を受け、投獄された。
【本人の記録】
苦労したことはより多く、投獄されたこともより多く、むち打たれたことは比べものにならぬほど多く、死に直面したこともたびたびあった。ユダヤ人から四十に一つ足りないむちを受けたことが五度、……三度もむちで打たれ、一度は石で打たれ、三度も難船し、一昼夜、海の上を漂ったこともある。……そのほか、なお日々わたしに迫って来る、諸教会の心配ごとがある。(Ⅱコリント11:23〜28)
【私の受け取り】
安全な書斎で理屈をこねた人ではない。殴られ、鞭打たれ、船を失い、海を漂い、それでもまた次の町へ歩いた人だ。あの断定的で硬い言葉は、楽をして書かれたのではなかった。身銭ではなく、身体そのものを差し出して得た言葉だった。手紙の重さの正体は、この労苦だ。知ってしまうと、もう軽く読み飛ばせない。
【今日への一行】
あの硬い言葉は、殴られ、漂い、それでも歩いた人の言葉だった。手紙の重さは、労苦の重さ。
底本:木下順治『パウロ——回心の伝道者』(筑摩書房)終章ほか。Ⅱコリント11章。聖書引用は口語訳。


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