ヴァヤクヘル 出エジプト記35章1節〜40章38節

出エジプト記

今週の聖書(パラシャット・シャブア)
3月7日(日)〜3月13日(土)
出エジプト記35章1節〜40章38節

パラシャット・シャブア「ヴァヤクヘル」の
ヤクヘルは35章1節「モーセはイスラエルの全会衆を集めて言った」の
「集めた」にあたります。 

このパラシャ―はイスラエルの民が金の子牛を造って罪を犯した後、
もう一度、神がイスラエルの民の中に住むために幕屋を造営する
次第が書かれています。

パラシャット・テルマーの内容とほとんど同じになっています。
なぜ二度も書かれているのでしょうか。

イスラエルの民が金の子牛を神とする大罪を犯した後、
如何にモーセが民のために神に訴え、とりなし、
神が一緒に約束の地に上るまでになったかは、
パラシャット・キーティサーで学びました。 

このような神とイスラエルの民の両方の痛みを通った後での
幕屋造営なので再び書かれたのだと思います。
まず神が命じられたのは、安息日の遵守でした(35章1~3節)。

神が幕屋に住む前に、天地創造を終えた七日目を聖別する
安息日を民が守ることによって、アブラハム・ヘッシエルが言うように、

神は安息日という時の宮殿で民と交わろうとしたのでした。 

4節以降には幕屋造営に必要な一切のものは捧げものとして、
すべて心から喜んでする者(ネディーブ レブ)から受け取るとあります。
ネディーブ レブとは心から気前よく、私心なくとか、惜しみなくとか
いろいろに解せられますが、今日のボランティヤ精神に通じるものがあります。

実際に造営にあたる者は、神が知恵と悟りを授けた
ベザレル、アホリアブ、その他多数の工人でした。 

以上のことから神は安息日という時間、幕屋という空間、
それに喜んで捧げるという人間の心に住み給うことが分かります。

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